無駄

かえりみるたび舞い戻る。

 

という書き出しは、本当は、「何度かえりみてもおなじところに戻ってくる、というような話がある。」と書き始めたのだが、どんどん端的に削りたい娑婆っ気がでてきたせいでこうなった。

 

なるべく人に優しくありたいし、穏やかに受け入れて話を聞いて、つまり理解してうなずいてあげたり理解できなかったからもう少し話して、とうながしたりすることを怠らずにいたいと、思ってきたけれど、私がするようには誰も私にそうしてはくれないのだった。

 

そういう、寂しさというには烏滸がましいような情が幾年も自分にあって、やっぱりここに帰ってきて途方に暮れる夕暮れが、こんな日だ。