表裏

父を亡くしたある娘が涙ながらに父との思い出、その死に際を語っているのを見て、こんなふうに純粋に愛を表明し、悲しんで泣ける父を私は持たなかった、私は可哀想な人間だと思った。でも裏をかえせば、それは私の父には、こんなふうに純粋に泣いてくれる娘がいないということで、父も可哀想なのだと思った。

海苔とひるね

モニュ、お昼寝はいいね。

うん、モニュおひるねすきだよ。夕方にねて、起きてもまだ外にすこし夕方がのこってるといいよね。

いいね。お昼寝から起きたら何たべたい?

あじのり。

味海苔?! 

ぱりぱりしたのなめるとおいしい。

そうだね、味海苔おいしいね、味海苔が好きなモニュ、とってもかわいいね。

胸の棘

太く硬いとげが抜けずにいたが、溶かしていくのは自分次第だとわかってきた。生きているのは私だけではない。あなたも同じように生きていて、変わっていくのだから、埋め込まれたとげもいつまでも、そこにそのままあるのではない。

寿命の展望

体調が悪いの、と先週妹が言ったので、どのように悪いのか尋ねたら、いつもの気管支炎、と答えが返ってきた。そのとき、私は彼女よりずっと長生きしてしまうだろうとわかった。

 

今日久しぶりに母のところを訪れることにしていて、母はうれしがって妹も呼んだ。少し遅くに現れた妹はまだ咳き込んでいて、医者に行ったとは言うけれどまあ治りかけ、たいして何をしてくれるわけでもなくいつもの咳止めをもらっておしまいらしかった。

 

この家の処分方法について、あてどなく女三人で話しているうちに、地震が起きたら木造家屋は潰れるとか、東京で被災したらどうするという話になった。ひたすら家族の命を心配する妹に「私はどんなことがあっても生き延びる気がする、大丈夫な気がしてる」と言ったら、日ごろ取り越し苦労のかたまりのような妹が「うん、まきちゃんは大丈夫」とはっきり言ったので、あの予感について話してみる気が起きた。「みやちゃん、きっと私より先に死んじゃうでしょう」。妹は息も継がずに「そう思う」と答えた。「そんなに長生きしない」と。

 

かわいい妹、しっかり者でちゃっかり者の私の妹、明るい妹。私よりあとに生まれて先を照らし、やっぱり先に死んでしまうらしいことを、あなたも薄々わかっているんだね。それで私は続けた。「私は人生でみやちゃんにたくさん助けてもらったことを思いながら、至らなかった自分を反省して、すばらしいみやちゃんに感謝して、祈るために生きる」。確信があった。私なら耐えられる。愛する人を見送ったのち、世界にちゃんと片をつけ、思い出し、悼み、泣きながら、前を向いて生きていける自信があった。順番の最後を守ることが私にならできると思った。

 

もう生きられないと思ったあのとき、妹が手を差し伸べて助けてくれた命だから、恩返しは長く生きて忘れないこと。それは悲しいことじゃなくて、私の愛した人たちが、どんなに、愛されるに足る人たちであったか、言葉にできるのは私だから。「私は90まで生きるだろうなあ。そう思うとまだ半分も来ていないんだなあ」と言って、夜も更けたから私も妹も、母を置いてそれぞれの家へ帰った。その後妹からは、「今日はまきちゃんが90歳まで生きることがわかって、よかったなあ!」とメッセージが来ていて、私もそのことを妹に言えてよかったなあ!と思っていたから、そう返事した。

明くる年にそなえて

恐竜のモニュは、来年の干支を知って張り切っている。好奇心が旺盛で、それと同じくらい責任感も強い。「えとをやるとどうなるのか」と聞いてくるので「会費が倍だよ」と言ったら、「おかねはためてある」と真剣な顔で答えるのでますますかわいい。